空疎世界の箱庭

気赴くまま。ゆっくりと物語を紡ぐ、そんなブログ

始発の場所で

あんたには、先輩には、
伝えたいことしかないのに。


なにも出来なくて、ごめんなさい。

ただ、なにも出来ないまま、
なにも、気づくことの出来なかった俺を、
どうか許さないでください。

そんなの、
どこに居るのかさえわからない先輩には
届いていないと思うけど。


心無いクソ先輩のことだ。
どっかに、寝返っているんだろうけど。


あんたは、どこまでだって迷子だ。
街に行くときも、任務で同行したときも。
あんたは、いつも。




…そんなクソ先輩を探す時間さえ惜しいので、
今日は昔から気分で付けていた日記の、
最終ページを埋めようと思います。


日記と名乗るより、
手紙、なんですが。


…やる事のない、仕事のない


この不甲斐ない一日を、


この日記の為に費やそうと思います。





思えば、この街も、
昔視察したころと比べて、
随分賑やかなものになっていましたね。

今は、歩くことすらままならない、
そんな有様であるけれど。


そういえば、自分が座っている岩の横に、
戦火を耐えぬいたらしい花が1輪咲いてます。
アベリア、とか、そんな名前だった気がする。
花は詳しくないので、わからないけれど。


………。
本当になにもすることがないなぁ。
近くに飛んだ羽虫を目でつらつらと追ってみても、どこかへ行ってしまう。


そういえば、今は初夏の季節ですね。
気持ちいい筈の風は、なんとなく、冷たく感じます。

…気づいているけど、

今は知らないふりを、通したいです。


…あの時、先輩は、必ず連れ戻すからって。
そう言いましたよね。

あ〜あ、何処かで迷子に
なってんとちゃうかなあ。


でも、あの後ろ姿は、逞しくて。
敵を薙ぎ倒していくあんたは、
流石だとしか思えなくて。


だから、あんたが目の前から消えて。
街も、民も、何処かへ消えて。
心の行方を知らないあんたのかわりに、

心の感覚を覚えて。


情けないとは、思うけど、
ただ、横に咲いていた花を摘まんで、

空へ投げて。


震えた手で、この日記に文字を書いている。


ページの終わりが、だんだん、見えてきたな。



あの次の日、目を覚して、
いつも通りにあんたの部屋に行ったんですよ。
「起きてますか、クソ先輩」なんて。

もしかしたら、って、思って。
勿論、あんたは居ませんでしたけど。

…なんとなく興味が失せて、
あんたがいつも眺めていた窓に目をやりました。


先輩の姿が、そこにあったような気がして、
息飲んで、逃げてきましたけど。


多分きっと近い将来、
あんたと俺は何処かで出会うんでしょうね。

それは戦場かもしれないけど、
この殺意をあんたに向けられるのなら、
俺は本望ですわ。

なんて、笑って会えることが、
あればいいのだけれど。


このページも、もう少なくなってきましたね。
重ねに重ねて分厚くなったこの日記帳は、
何処かにおいて行こうかな。

今更、そんなことを思いながら、
さっき投げて、地に落ちた花を眺めてます。

煩い声で歌を歌うたび、
あんたは楽しそうにしてましたよね。


…今もまだ、震えた手で、
書いてます。

ページの、終わりだ。